沖縄の核ミサイル発射施設跡地
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核ミサイル発射基地跡で平和を祈る!


沖縄の核ミサイル発射基地に行ってみた!なんて物騒な話ですよね。

非核3原則で核のないはずの日本に核兵器のミサイル基地なんて存在するのでしょうか。リゾートで賑わう沖縄の恩納村、この山中に数十年まで存在した核ミサイル基地跡があると言うので行ってみました。もちろん今は発射設備はありませんが、当時の緊迫した状況を生々しく感じられる施設になっています。

 

 

沖縄のリゾート地恩納村、リザンシーパークホテル谷茶ベイ向かいの道を山側へ進むと突如、不自然なゲートが。

恩納村の核ミサイル発射基地跡地入口ゲート

恩納村の核ミサイル発射基地跡地入口ゲート

そうこれが1969年までこの地に存在した「核ミサイル発射基地」の跡地なのです。

今では全く別の施設になっていて、平和学習のために核施設跡地を無料公開しているようです。

沖縄、恩納村の山中に突如としてあらわれる大掛かりなゲート。今では2つの顔を持つこの施設の正体は。

 

沖縄にもあった核ミサイル発射基地

ベトナム戦争やキューバ危機、米ソ・米中の対立など、第3次世界大戦にも発展しかけた1960年代、アメリカは当時、米軍の施政下にあった沖縄に核兵器をを配備して中国・ソビエト連邦(現ロシア)に睨みを利かしていました。

 

恩納村に建設された核ミサイル発射台

1962年から1969年まで沖縄に配備されていた中距離核弾道ミサイル(通称:メースB)当時の緊迫した軍事情勢と、軍拡を続ける中国に対してアメリカ空軍は、32発の核ミサイルをここに配置。沖縄にはここを含めて他にも全部で4つの核ミサイル基地が置かれましたが、現存するのはこの施設のみ。

沖縄の核ミサイル発射施設跡地

沖縄の核ミサイル発射施設跡地

これが当時の核ミサイル発射施設です。真横に向いているように見えますが実際には斜め下に傾いていて地下からミサイルが発射される形になっています。

現在は別の手段で攻撃できるようになったために米軍はこの地からは撤退しています。

今では大型核ミサイルは大陸間弾道や艦船、戦闘機からでも発射できるので、こんな大掛かりな発射施設は必要なくなったのですね。

 

中国の主要都市を射程に入れたメースB

沖縄のこの基地に配備されていたのは「メースB」と呼ばれる核ミサイル

メースBを格納中の核ミサイル発射台

メースBを格納中の核ミサイル発射台

メースBとは、有翼地対中距離核弾道ミサイル。全長13mで翼のあるスタイルです。射程距離は2,200㎞で沖縄から発射すると、北朝鮮の平壌や中国の北京、重慶まで射程に入ります。旧ソ連のウラジオストクまでギリギリ届きそうな勢いです。

メースBの射程距離

メースBの射程距離

対中国を意識してミサイル基地が建設されたようですね。

建設中の核ミサイル発射台

建設中の核ミサイル発射台

 

核戦争の危機

中国を睨み続けたアメリカ空軍の地対地中距離核弾道ミサイル:メースB

有翼地対地中距離核弾道ミサイル:メースBの発射実験

有翼地対地中距離核弾道ミサイル:メースBの発射実験

この基地から実際に核ミサイルが発射されることはありませんでしたが、当時の従軍していた兵士の証言では対共産圏の緊迫した状況があり、核ミサイル発射寸前の緊迫した瞬間もあったようです。

キューバ危機やベトナム戦争、米ソ対立、米中対立など第3次世界大戦の火種はアメリカの周りにいくらでも燻っていた時代です。

もしは発射されれば、ソ連や中国からの報復核攻撃で沖縄本島は吹き飛んでいたことでしょう。

 

ミサイル基地の地下には指令室などがあったのではないかと思われる地下壕もありました。

沖縄地下核施設内部の地下壕

沖縄地下核施設内部の地下壕

内部は1.5mもの分厚いコンクリートに囲まれた地下通路。行き止まりがありどこまで続いているのか分かりませんが、暗くて湿気と静けさから異様な重苦しい空気に包まれます。

地下から上に向かう階段も。

ミサイル発射台へと続く地下核施設の地下壕

ミサイル発射台へと続く地下核施設の地下壕

この階段の先は、核ミサイル発射台。核戦争になった時にはここからミサイル発射の操作をして、この場所を核シェルターとして避難場所にするのですね。

 

今は創価学会沖縄研修道場に!

今はこの核ミサイル基地は日本に返還されて、この場所は創価学会の沖縄研修道場として活用されています。

1977年に創価学会の施設を建設する際に、残されていたミサイル発射台は取り壊す予定でしたが、「世界平和の碑」として修復し、内部を「沖縄池田平和記念館附属展示室」として整備しました。

核ミサイル基地を世界平和の碑として転用

核ミサイル基地を世界平和の碑として転用

 

「ミサイル発射台」を「世界平和の碑」に転用

廃墟となっていたミサイル基地をキレイに回収し、ブロンズ像を建てて、平和資料館として活用しています。

世界平和の碑

世界平和の碑

内部は、核ミサイル基地だった当時の状況や、太平洋戦争の沖縄の状況などが、展示されています。

沖縄池田平和記念館附属展示室

沖縄池田平和記念館附属展示室

内部には、メースBの模型や、核ミサイル基地の写真パネルなどを展示.

円形の屋根が、ここが以前ミサイルの格納庫であり発射台であったことを認識させますね。奥に行くにつれ、ずっと下まで傾斜しています。

核ミサイル発射台施設を裏から見たところ

核ミサイル発射台施設の裏側

核ミサイル発射台施設の裏側

裏側は傾斜している事からミサイルが斜めに格納されていた事が分かります。通気口をメルヘンチックに装飾したのは、もちろん返還後の改修ででしょうね。必要あったのでしょうか。

 

創価学会員や公明党支持者でなくても見学OK

私は創価学会員でもなければ、公明党支持者でもない全くの無党派・無宗教ですが、それでもこの宗教施設に入れるのでしょうか。

「見学させて下さい」なんて行ったら、会員になりなさい、党員になりなさいと勧誘されるんじゃないの?と一抹の不安を抱きながらゲートへ

創価学会沖縄研修道場入口ゲート

創価学会沖縄研修道場入口ゲート

ここが創価学会沖縄研修道場。

ゲートにて「ミサイル基地跡を見に来たんすけど~」たったその一言で「どーぞ!」あっさり入れてくれました。

名簿に住所・氏名などを記入するだけで、簡単には入れましたよ。ゲートのおじさんが気さくに施設の概要を説明してくれて、自由に敷地内をまわって良いですよと言ってくれました。気軽に見て回れるようです。

ミサイル基地跡のついでに敷地内をぐるっと

創価学会沖縄研修道場の敷地内散策

創価学会沖縄研修道場の敷地内散策

池もあって、都市公園のようですね。かなり広い敷地です。

創価学会沖縄研修道場の池散策

創価学会沖縄研修道場の池散策

核ミサイル基地の重苦しさとのギャップに安らぎますね。

 

創価学会沖縄研修道場へのアクセス

場所は「リザンシーパークホテル谷茶ベイ」近くの「谷茶の丘」バス停角交差点を、山側(自衛隊基地入口)に入ってすぐに左側に見えてきます。

「谷茶の丘」バス停からでも、徒歩7分、車だと交差点から約1分の近さです。

 

核施設見学を終えて

今回の核ミサイル基地見学、50年前までこの沖縄に核ミサイル基地があったのも知りませんでした。この地が中国や今のロシアとの核戦争のキッカケになっていたのかも知れないのですね。

施設内の地下壕や核ミサイル発射台を見学して重苦しい空気になり、今後の平和を願わずにはいられませんでした。

国の利益を優先する国益ファーストの時代がまた訪れようとしていますね。大国と大国がぶつかり合うと、今度は数十年前の大戦争をを超える規模の世界破滅が待っているような気がします。

難しいでしょうが、互いの国が妥協点を見つけあいながら平和な世界を保ち続けてくれることを祈っています。